史跡
昭和57年9月1日
福島県岩瀬郡天栄村大字田良尾字鎌房山国有林
板小屋遺跡は、今から三百八十年余り前の寛永二年(一六二五)に蒲生氏郷とともに、近江国(現在の滋賀県)から会津入りした近江木地師の集団が移り住んだとという記録の残る貴重な集落跡です。
木地師の歴史は古く、平安時代前期(今から千百三十余年前)の皇子惟喬親王を祖とし、近江国蛭谷、君ケ畑(現在の滋賀県永源寺町)の高松御所、筒井公文所から自由に山に入って木を伐採できる特別な許可証を発行してもらい、全国各地の山々に移り住み、栃、ブナ、カツラなどを轆轤を使って、椀、盆、皿、などに加工して現金収入を得ていました。
この板小屋は最盛期には家数二十八戸を数えましたが、度重なる天保の飢饉によって、住民は餓死、離村し二百余年の歴史に幕を閉じました。かの江戸三大改革の一つ、寛政の改革を断行した時の白河藩主 松平定信も領内巡見の際この地を訪れています。
集落跡の近くには九十基余りの墓碑群があり、在りし日の木地師たちの生活の営みを物語っているようです
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